嗅覚・味覚の生体メカニズム、分子・化合物の理解と順を追って紹介してきたが、今回は香気成分について見ていく。
香りを見ていくにあたり、スペインのミシュラン三つ星レストラン"El Bulli"に認められ、ロバート・パーカーからも生粋の天才と認められたアロマ研究科Francois Chartier氏の"Taste Buds and Molecules"を参照としている。
香気成分一覧
まずは同著で挙げられている70種類ほど香気成分を一覧とした。
カルボン酸エステル
パイナップルなどの南国系果実に含まれ、パイナップル、バジル様の香りを呈する。牛肉中にも確認される。
エチルシンナマート (C11H12O2)
シナモンやイチゴに含まれる揮発性化合物。フルーティーでバルサミコ様の香りを呈する。
エチルプロピオナート/プロピオン酸エチル (C5H10O2)
パイナップルなどに含まれる化合物であり、パイナップルやイチゴなどの強い香りを有する。
けい皮酸メチル (C10H10O2)
イチゴやマツタケ、バジル、月桃、花椒に含まれる揮発性化合物。香料や食品添加物に利用される。
スカトール (C9H9N)
牧草で育った牛肉に含まれる揮発性化合物。低濃度ではオレンジの花、ジャスミン、ビーツ、ナツメ様の香りを有する一方、高濃度では糞のような香りを呈する。香水などにも利用される。
リモネン (C10H16)
イソブレンが二つ結合してできたモノテルペン化合物。柑橘類に多く含まれ、レモン様の香りを有する。
イソヘキサン酸エチル
ゲヴェルツトラミネールやショイレーベ、ライチに含まれる揮発性化合物。単独ではパイナップルやバナナのような香りを呈する。
イソ酪酸エチル (C6H12O2)
イソヘキサン酸エチル同様、ゲヴェルツトラミネール、ショイレーベなどに含まれる化合物。フルーティー、ラムのような香りを呈する。
オクタン酸エチル (C10H20O2)
イソヘキサン酸エチル同様、ゲヴェルツトラミネール、ショイレーベなどに含まれる化合物。バナナ、アプリコット、梨、ブランデー様の香りを有する。
ゲラニオール (C10H18O)
ゼラニウムから発見されたモノテルペン化合物。レモングラスの主要揮発性化合物であるほか、ライチやゲヴェルツトラミネールにも含まれる。冷涼感を示す。
酢酸3メルカプトヘキシル (C8H16O2S)
ソーヴィニョン・ブランをはじめゲヴェルツトラミネール、リースリング、コロンバールなどで見られる化合物。パッションフルーツ、ツゲ材などの香りを呈する。
酢酸イソアミル (C7H14O2)
ゲヴェルツトラミネールやショイレーベ、完熟リンゴに含まれる化合物。バナナ様の香りを有する。
酢酸フェニル (C8H8O2)
ゲヴェルツトラミネール、ライチに含まれる揮発性化合物。チョコレート、花、蜂蜜様の香りを有している。
シトラール (C10H16O)
レモングラス、生姜の主要揮発性化合物。他に、オレンジ、バーベナ、レモンなどの果実やミュスカゲヴェルツトラミネールにも含まれる。二つの異性体を持ち、αは強い、βはより柔らかいレモンの香りを有する。
シトロネオール (C10H20O)
レモンバームやレモンバーベナに含まれるモノテルペン化合物。ゲヴェルツトラミネールやライチにも含まれるが、そこまで強くない。
フェネチルアルコール (C8H10O)
ゲヴェルツトラミネールやライチに含まれる揮発性化合物。ココアや花のような香りを有し、バラなどにも含まれる。
フラネオール (C6H8O3)
ゲヴェルツトラミネールやライチに含まれる揮発性化合物。イチゴやパイナップル、わたあめ、キャラメル様の香りを有し、パイナップルにも含まれる。
ヘキサン酸エチル/カプロン酸エチル (C8H16O2)
ゲヴェルツトラミネールやライチ、ショイレーベに含まれる化合物。甘さ、ワックス、パイナップル、青いバナナ様の香りを有している。
リナロール (C10H18O)
イソブレンが二つ結合してできたモノテルペン化合物。ゲヴェルツトラミネールやライチ、ショイレーベ、サフラン、生姜、レモングラスなど様々なものに含まれる。ラベンダーやスズラン様の香りを呈する。
ローズオキシド (C10H18O)
ゲヴェルツトラミネールやライチの最も重要な揮発性化合物。バラやライチの強い香りを有する。
βダマセノン (C13H18O)
ゲヴェルツトラミネールやショイレーベに含まれる化合物。南国系果実、バラ、タバコ、紅茶様の香りを有する。アプリコット、ブラックベリー、ラムにも含まれる。ビールの熟成過程で生成される。
アネトール (C10H12O)
アニス様の香りを持つ化合物。アニスの他に、フェンネル、グリーンバジル、セロリなどの香りも有しており、冷涼感を与えてくれる。
アピゲニン (C15H10O5)
植物の多くに含まれ、アニス様の香りを持つ化合物。パセリなどの香りも有し、冷涼感を与えてくれる。
アルデヒド
高い親水性を持つ化合物。辛みを有し、サフランなどのスパイスにも含まれており、胡桃のような香りを有する。
エストラゴール (C10H12O)
アネトールの異性体であり、同様のアニス系フレーバーを有する。アニスをはじめシナモン、クローブなど様々なスパイス、果実に含まれる。フェンネル、タラゴン、タイバジルの香りを有する。
オレアノール酸 (C30H48O3)
イソプレンを6つ含んだトリテルペンの化合物。クローブ精油のおよそ2%を占め、モミの木様の香りを呈する。
カルバクロール (C6H3CH3)
タイムやセージ、バジル、ローズマリー、ミント、オレガノの精油に含まれる化合物。オレガノ様の強い香りを有する。
カンフェン (C10H16)
イソプレンを2つ持つモノテルペン化合物。生姜や樟脳、ベルガモットなどの精油に含まれており、樟脳、ユーカリ様の強い香りを呈する。
酢酸オイゲノール (C12H14O3)
クローブの2~3%を占める化合物。温かみや甘やかな香りを有している。
サフラナール (C10H14O)
サフランに含まれる揮発性化合物。サフランの香りの主成分。紅茶、パプリカ、クミンなどにも含まれ、鎮静作用を持つ。
ジンギベレン (C15H24)
イソプレンを三つ有するセスキテルペン化合物。特に生姜の根茎に多く含まれており生姜特有の香りを担っている。その他ターメリックなどにも含まれている。
ソトロン (C6H8O3)
フェヌグリークなどのハーブの主要揮発性化合物であり、メープルシロップなどの香りの成分でもある。黄ワインをはじめとしたワインや日本酒、醤油、カレー、オーク樽など様々なものにも含まれている。
チモール (C10H14O)
タイムに含まれる最も重要な揮発性化合物。ラムにも含まれている。
ネロリドール (C15H26O)
生姜の主要な揮発性化合物の一つ。ウッディーな香りを有しており、他にレモングラス、オレンジの花、ビール、イチゴ、ジャスミン、ラベンダーなどに含まれる。
ピネン (C10H16)
イソプレンが二つ結合したモノテルペン化合物。サフランや針葉樹に含まれ、松やツゲ材の香りを有する。二つの異性体を持つ。
ヘキサナール (C6H12O)
大豆や植物に含まれる揮発性化合物。青い香りを有し、冷涼感をもたらす。
メントール (C10H20O)
イソプレンが二つ結合したモノテルペン化合物。アニス系フレーバーを有するせり科、キク科、シソ科植物に含まれ、バジル、フレッシュコリアンダー、フェンネル、ミント様の香りを呈する。
ユーカリプトール/シネオール (C10H18O)
ユーカリや生姜に含まれる揮発性化合物。サフランやローズマリー、セージ、ヨモギ、バジルにも含まれる。冷涼感を有し、名前の通りユーカリ様の香りを呈する。冷涼感を有する。
カルボン (C10H14O)
イソブレンが二つ結合したモノテルペン化合物。アニス系フレーバーを有するせり科、キク科、シソ科などに含まれ、ミント様の香りを呈する。冷涼感を有する。
βセスキフェランドレン (C10H16)
イソブレンが二つ結合したモノテルペン化合物。生姜の主要成分の一つであり、パセリやターメリックにも含まれる。ウッディー、フルーティー、ハーバルな香りを有する。
βビサボレン (C15H24)
イソプレンが三つ結合したセスキテルペン化合物。生姜に含まれ、バルサミコ、柑橘、スパイスの香りを呈する。八角やアボカド、バジル、カルダモン、ベルガモット、ライム、松、白檀にも含まれる。
アセトン (C3H6O)
チーズなどの乳製品をはじめ多様な果実野菜に含まれる化合物。バターやヨーグルト様の香りを持ち、シェリー酒において最も重要な揮発性化合物の一つ。
安息香酸 (C6H5COOH)
高い親水性を持つ化合物。抗菌・静菌作用があるため酸化防止剤などに用いられるほか、オロロソなどにも含まれアーモンド様の香りを呈する。
クマリン (C9H6O2)
オロロソに含まれる主要フェノール化合物の一つであり、バニラ、トンカ豆、干し草様の香りを呈する。木樽熟成のワインからも検出される。
けい皮酸 (C9H8O2)
オロロソに含まれる主要フェノール化合物の一つ。シナモン様のアロマを呈する。遅摘みのゲヴェルツトラミネールからは酸化前のシンナムアルデヒドを検出することができ、同様の香りを呈する。
ソレロン (C6H8O3)
シェリー酒に含まれる揮発性化合物の一つ。干しイチジク様の香りを有する。
ピペロナール/ヘリオトロピン (C8H6O3)
シェリー酒(特に、オロロソとアモンティリアード)に含まれる化合物の一つ。花やバニラの香りを有する。ディル、ブルーベリー、樟脳など他の香りを際立たせる効果も持つ。
アセチルピオール
オーク樽などが熱せられたときに生成されるアルデヒド類の誘導体。チョコレート様の香を有する。
アセトアルデヒド/エタナール/酢酸アルデヒド (C2H4O)
二日酔いやたばこ依存の原因とされており、果実等に多く含まれている。多くの揮発性化合物の前駆体をなす。木や炭の燃焼の際に生成され、青リンゴ様の香りを持つ。
イソマルトール (C6H6O3)
木樽燃焼の際に、リグニンの分解過程で現れる揮発性フェノール化合物。焦がした砂糖やキャラメル様の香りを持つ。
オイゲノール (C10H12O2)
香料以外にも麻酔薬や殺菌剤としても使用される化合物。アニス系フレーバーとしてクローブ、バジル、ナツメグ様の香りを有する一方、木や炭の燃焼の際にも現れ、またイチゴやパイナップルにも含まれる。
グアイアコール (C7H8O2)
木や炭の燃焼の際に、リグニンの分解過程で現れる化合物。燻香を有する。香料や医薬品の合成原料にも使われる。
ジアセチル (C4H6O2)
発酵の際に生成され、強いバター・チーズの香りを持ち、低濃度では蒸れたような香りをなす。ワインではMLFにより生成され、日本酒では火落ち香とされる。
シクロテン (C6H8O2)
木樽燃焼の際に、リグニンの分解過程で現れる揮発性フェノール化合物。メープルシロップやグリル、焦がしたような香りを有する。
シリンアルデヒド (C9H10O4)
樽熟成ワインやメープルシロップに含まれる化合物。単独では燻香やチョコレート、バニラ様の香りを呈する。
シリンゴール (C8H10O3)
木や炭の燃焼の際に、リグニンの分解過程で現れるフェノール化合物。スパイス、燻し、バニラ、薬品様の香りを有し、玉ねぎ、ニンニク、ネギ、エシャロットにも含まれる。
バニリン (C8H8O3)
バニラやクローブの精油の中に含まれ、木の燃焼の際にも生成される化合物。バニラ様の香りを呈する。
フラノン
メープルシロップ、オーク樽に含まれる化合物。メープルシロップ、キャラメル様の香りを有する。
フラン (C4H4O)
木や炭の燃焼の際に生成される揮発性化合物。パンや花様の香りを有する。
フルフラール (C5H4O2)
木樽の燃焼の際にリグニンが分解されることで生成される化合物。おがくず、メープルシロップ、トースト、ローストアーモンド、コーヒー、キャラメル様の香りを持つ。またクローブにも微量含まれる。
ボルネオール (C10H18O)
イソプレンが二つ結合したモノテルペン化合物。カンフェンに類似した香りを持ち、同様の冷涼感を有する。
マルトール (C6H6O3)
メイラード反応など糖類が熱分解されたときに生成される化合物。トーストや焦がした砂糖、綿あめ様の香りを有する。
メチルオクタラクトン (C9H16O2)
木樽燃焼の際にリグニンが分解されることで生成されるフェノール化合物。ウィスキーラクトンとも呼ばれ、アメリカンオークやココナッツなどにも含まれる。四つの異性体を持つが、ココナッツ様の香りを有する。
リグニン
オーク樽やブドウの茎など植物の木化に関するフェノール化合物。熱分解されることで様々な香り成分を生成する。
ロタンドン
イソブレンが三つ結合したセスキテルペン化合物。シラー等の胡椒様の香りを有する。
βカリオフィレン (C15H24)
イソプレンが三つ結合したセスキテルペン化合物。オーク樽やメープルシロップ、クローブに含まれ、ウッディーな香りを有する。
ゲオスミン (C12H22O)
イエロービーツに含まれる、濡れた土の香りや腐敗香をもつ揮発性化合物。ワインにこの香りがあると欠陥とみなされる。
ホトリエノール (C10H16O)
シャトーヌフ・デュ・パプの白ワインなどに含まれるリンデンや蜂蜜様の香りを有する化合物。ルーサンヌなどにも含まれる。
βイオノン (C13H20O)
メルロー、カベルネなどに含まれるテルペノイド化合物。スミレ様の香りを呈する。
ジメチルスルフィド(C2H6S)
潮臭さの原因となる有機硫黄化合物。海苔の主要な香気成分であり、海洋プランクトンが生成する成分でもある。
カプサイシン(C18H27NO3)
胡椒などに含まれる化合物。バニリン由来であり、辛み成分を持つ。
ノナナール(C9H18O)
オレンジの果皮に似た香り。女性の加齢臭の原因ともいわれる。
ウンデカナール(C11H22O)
オリーブオイルやバターに香る脂っぽい、ロウのような香り。あるいはバラに似た香り。柑橘の果皮から含まれる。
ベンズアルデヒド(C₇H₆O)
アーモンドや杏仁のような香り。
ジャスミンラクトン(C10H16O2)
ピーチやアプリコットのようなフルーティーな香りを持ち、ジャスミンなどの花、ストーンフルーツ、ジンジャーなどの精油に含まれる。
リグニンという化合物は、ブドウの茎にもオーク樽にも含まれているので、ワインをオーク樽で熟成されるというのはとても理に適っている…
などといったトリビア的な使い方をしていただいてももちろんいいが、以前『ドリンクペアリングの基礎アプローチ』で触れた科学的アプローチにおいて、このような知識は役に立つ。
香気成分を軸としたペアリングアプローチについては、次回紹介していきたい。
▶関連記事を読む
『科学的ペアリングアプローチ』 https://bit.ly/2ZyYTxR
『嗅覚のメカニズム』 https://bit.ly/3c24ejH
『ドリンクペアリングの基礎アプローチ』 https://bit.ly/3gg7eMG
『分子と化合物の初歩』 https://bit.ly/2TxHUI7
参考文献
"TASTE BUDS AND MOLECULES" Francois Chartier
『香りで料理を科学するフードペアリング大全』ベルナール・ラウース、ピータークーカイト、ヨハンランゲンビック
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